ニューオーリンズのハリケーン

翻訳チェックの仕事がやっとこさ、21時半ごろすんだ。今日も一日お陰で何にも出来なかったよ。ほんとなら出発の準備でもしたかったのに。明日とあさってでするしかない。

今回はほんと、こんな時にこの仕事請けるべきではなかったね。旦那も私もぼろぼろ。お互いかなり疲れてたからストレス溜まりまくって、昨日喧嘩もしたしね(笑)。今日はすっかり仲直りしたけど。ははは。きっと翻訳の仕事が終わったからだ。人間ストレスと疲れが溜まるとダメね。心が狭くなる。

で、今日の本題。
おととい書いて、途中で消えてしまった日記の内容をがんばって復元。
長いので、お暇な人はどうぞ。

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9年ほど前にカナダ在住時にニューオーリンズへ旅行に行った。ず~っと夢だったんだよね、Jazzの本場ニューオーリンズへ行くのが。
中学生くらいの頃からJazzがすごく好きになり、Jazzのピアノの本を買っては独学で(って言っても、楽譜読んで弾いてただけなんだけど)勉強してたっけ。

だから、9年前にニューオーリンズへ行った時は、3週間の滞在中それはもう毎日毎日『時間よ、止まれ!』状態で最高に楽しかった。

そんな大好きな街が今すごい事になっている。今回、ハリケーンKatrinaがニューオーリンズを通過する2日ほど前のニューオーリンズ市長が市民に"撤退警告"を出している時からずっとネットで見れるCNNニュースを見ながら見守ってきた。
3日ほど前からはCNNに加え、アメリカ版のYahoo Newsも随時チェックしている。


ハリケーンも確かにすごかったけれど、それ以降の救助活動の遅れのせいでたくさんの人達が亡くなっている。現在も、まだ家の中で救助を待ち続ける人がたくさん居るらしい。
今日でハリケーンが通過して1週間だよ。未だに救助を待ち続けてる人がたくさん居るなんて…。救助隊員の人も、あまりの多さに24時間働き通しで、休むのを拒否しているらしい。
全ての家を見て回っている救助隊の人があまりのたくさんの人の死を目の当たりにし『昨日来ていたら生きていたかもしれないのに。』と言った状況らしい。

救助活動関係者だったと思うけど、トラウマになってしまって2人くらい自殺したらしいし。

それに避難所への救援物資にしても、月曜のハリケーン通過から4日も経った金曜日にやっとまともに運ばれだしたのが現状。これが原因で死んだ人もたくさん居る。気温30度の中で水も無ければ食べ物も無い。避難所も何千人という人で溢れかえっているし。

乳幼児連れてるお母さんとか、オムツとかどうしたんだろう。やっぱり自分に子供が居るとそんなことまで考えてしまう。

何千もの人が避難していたコンベンションセンター内でも、暴力やレイプやらが起こっていたようだし、外では警官が銃で撃たれたり・・・。

でもこう言った今のニューオーリンズの状況、ほんとこれが先進国の先端に立つアメリカの現状なのか。・・・て、イタリアのニュースでも言ってたけど。ブッシュさんもかなり叩かれてるね、今回は。いや、対処するのが遅すぎたのね、ほんと。対処が早ければ何人の人が助かっていたか。

街から撤退をやむなくされた人達でペットを買っていた人達も、『ペットを運ぶスペースが無い』と言われ、安楽死させたり、置いて来たり・・・。ある子供は、ペットと引き離され、吐くまで泣いたらしい。みんなペットの為にすごい泣いてるって記事を見たときはこっちまで悲しくなってしまった。私も自分の猫を諦めろなんていわれたら・・・。そんなこと考えられない。だって家族の一員だし。それでもこんな状況になると、そうなってしまうのかなぁ。すごい悲しいことだ。

ニューオーリンズの人口の68%が黒人らしい。私も行った時、黒人の多さにちょっと吃驚した。週末泊まったホテルの前からバスに乗ったら、全員が黒人だったこともある。

今回のことも、『ブッシュは黒人はどうなってもいいと思ってる』みたいな批判もあったみたいだしね。


・・・あ、でも『さすがアメリカ』って思ったのが今日の記事。何でもニューオーリンズの有るルイジアナ州にDMORTチームって言う、災害で亡くなった人達の身元を見分ける仕事をする人達のチームが今日入ったらしく、遺体で見つかった人達の身元を一人ひとり確認する予定らしい。
このチームは過去にも、9・11の時や、95年のオクラホマのテロ事件や、飛行機事故とかの時も活躍した、と。

今の所、予想では遺体は何千と言う単位になるらしいけど、なんでも1000遺体を収容できる冷蔵庫のある遺体収容所をすでに用意したらしい。
で、何でも一日に144遺体は確認できるらしい。すごい世の中だね。こう言ったとこはさすがアメリカ。テレビドラマのCSIを思い出してしまったよ。

なんか今日はまじめな話題になっちゃったね(^^;)。

今はとっくに連絡取り合ったりはしてないけど、ニューオーリンズへ行った時に仲良くなった人達のことが気になる。みんな大丈夫なのかなぁ。ちゃんと避難できたのかなぁ。

バーボンストリートの700番(だっけ)でピアノを弾いていたおじいちゃん、アル。行く度に『僕が50年若かったら君にプロポーズしていたのに』なんて言ってくれた。『一緒に生牡蠣を食べに行こう!』なんて誘ってくれたりもしたっけ。でも、彼当時で85歳と言う年だったから、ひょっとして今回の災害以前に居なくなっていたかもしれないけど(^^;)。

ニューオーリンズのピアノプレーヤーの中では結構有名だったエディー・ボー。彼も結構な年だったけど、バンクーバーに帰った後電話をくれて『ニューオーリンズに戻っておいで。ピアノを教えてあげるから。』なんて言われたこともある。

エディー・ボー程は名が知られてないけど、結構頑張っていた中国系アメリカ人のシンディー。彼女のピアノバーにも通ったなぁ。彼女に『ここに3週間居るからピアノを教えて欲しい』ってお願いしたら『私は耳で覚えたから、人には教えられないの。私が聞いて勉強したプレーヤーのCDを教えてあげるわ。』って言ってくれて、彼女から教わったCD山ほど買って帰ったっけ。

泊まったホテルの人達もみんないい人達だったんだけど、とりわけ気に入ったのが、メンテナンス係をやっていた黒人のブライアン。とってもいい子で、偶に朝お願いもしてないのに、部屋まで朝食を運んでくれたっけ。彼の仕事中、私と喋りすぎて上司におこられてたのを思い出す(笑)。当時1歳の子供が居て、家を買ったばっかりなんだ。って言ってたな。彼の家は大丈夫だったのだろうか・・・。

みんな、大丈夫だったのかなぁ。

街に浸水した水を完璧に取り除くまでに80日もかかるらしい。街を完全に復興するまでには何年もかかるとか。

いつか、きっと旅行で戻りたいって思ってたけど、9年前に見たあの街はもう無いんだなぁ。なんか、悲しい。

それよりもなによりも、今回の災害で全ての物を失った人達が少しでも早く元気に、元の生活を取り戻せますように・・・。
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by honestpumpkin | 2005-09-05 23:52
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